ホーム » どこでも図書室, イベント情報, ピックアップ, 佐野行徳, 周藤豊治, 石上城行, 福井一尊, 金坂浩史, 高嶋敏展

本日から開催しています。

投稿日:2010年3月6日(土)

本日から「奥谷タイムトンネル2」を開催しています。

本日は、「100年後の奥谷を描いた小学生の絵」展覧会、そして「木綿絣+Cafe」、

「どこでも図書室」、「小泉八雲の夢見るベット」です。

明日からは、「地元アーチストの作品展」も始まり、本格スタートです。

「小泉八雲の夢見るベット」

今年は小泉八雲(ラフカディオハーン)が松江を訪れて120年の節目の年です。小泉八雲に捧げる作品をと考え制作しました。

これは、八雲が19歳の時に寝ていた「紙のベット」から着想した作品です。

1869年(明治2年)八雲は19歳の時、単身でアイルランドからアメリカに渡ります。紆余曲折のすえ、シンシナティーに着いた時には宿無しの浮浪者同然だったと八雲は後に語っています。

この時、彼を救ったのはヘンリー ワトキンという印刷工場の経営者でした。ワトキンの印刷工場はチラシや書籍などの印刷をしていたようです。

八雲は後に異母妹に宛てた手紙にこう書いています。「私は彼に助けを求めました。彼は私を気に入ってこういいました。「君は何も知らんだろう。でもまあ、私が仕込んでやろう。店で寝ればいい。
給料は出せんよ。だけど食事はちゃんとやる」。彼は私に紙くずのベットを作ってくれました。(本の裁断機から持って来た紙くずです。)気持ちがいいし、暖かいベットでした。」※ケナード著「ラフカディオハーン」

 「紙のベット」とはどのようなものか?八雲の曾孫にあたる島根県立大学の小泉凡教授に確認を取りましたが、この異母妹への手紙以外の資料はなく、『見た事も、再現されたという話しも聞いた事がない。』との事でした。

 そこで、想像を膨らまして、「紙のベット」を作る事にしました。シーツカバーの中にチラシや新聞紙を詰め込んで紙の感触を活かすように工夫しました。しかし、ヘンリー ワトキンも極めて貧しかったのでシーツすら与えられなかったかもしれません。そこで、シーツの上にざら紙に印刷した英文のテキスト(時代を考えて
1850年、八雲誕生の年にアメリカで出版された「スカーレットレター」邦題 緋文字)を裁断して散らばらせ、当時の様子の雰囲気を再現しました。

八雲はおよそ、2年間「紙のベット」に寝ていました。紙くずをつまみ上げて、「僕も本が出したいなぁ〜」とか「この先、どうやって生きていこうかな」など将来の自分を夢見ながら、不安と期待をベットの上で抱いたのではないでしょうか。

過去と未来を行ったり来たりする「奥谷タイムトンネル」のシンボル的な作品になればと思います。

スカーレットレター
高嶋敏展